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SAP×Googleで実現するデータとAIを活用した作業者安全モニタリングシステム

イサリーヌ・デ・ウーターズ
Nov 15, 2023

私たちはSAP主催の短期集中型イノベーションイベント「Hack2Build 1に参加し、“持続可能性への貢献”という想いを起点に、ユースケースのアイデアを具現化しました。その中でも、環境面や経済面ではなく、「社会的・人的側面」、つまり「労働者の安全性」に着目しました。

欧州労働安全衛生機関(EU-OSHA)の報告書によると、ヨーロッパの製造業における事故の多さが浮き彫りになっています。2022年の労働災害件数は320万件に達しました。製造業における事故の最も一般的な原因は、転倒、危険物との接触、または有害化学物質への暴露などです。さらに、BDO2が発行した「労働災害管理バロメーター(Industrial Accident Management Barometer)」によると、製造業における労働災害の1件あたりの平均コストは、労災補償や生産性の低下などを含め、約32,000ユーロ(約510万円:1ユーロ160円換算) にのぼると試算されています。こうした事故は、経済的損失だけでなく重大な人的影響も及ぼしています。 これらの統計から、製造業における労働災害が深刻な課題であることがわかります。事故の数を減らし、労働者の健康と安全を守るためには、効率的な予防策が必要です。しかし多くの安全管理は依然として手作業に頼っており、現場での監視・対応には限界があります。そこで、本ユースケースでは、AI、クラウド、アナリティクスといったインテリジェントなコネクテッドインフラストラクチャを活用し、安全管理プロセス全体の自動化を目指しました。

労働者の安全を守る: 現実の課題に対応するクラウドベースのソリューションアーキテクチャ

製造会社では、生産ラインに設置されたカメラからライブ映像を通じて、継続的にスナップショットを取得しています。撮影された画像には、適切な保護具を着用している作業員だけでなく、ヘルメットのみ着用している人や、マスクはあるが手袋がない人など、さまざまなケースが含まれます。これらの映像や画像は、AIアルゴリズムによって取得・解析されます。Google Cloud Platform の「個人用保護具 (PPE:Personal Protective Equipment Detector) 検出モデル」を用いて、必要な保護具が適切に着用されているかをチェックします。 検出結果はBigQueryに出力され、そのデータをGoogle BigQueryコネクタを通じてSAP Datasphereへ取り込みます。取り込まれたデータは、SAP Datasphere上で人事マスターデータと連携することでさらに付加価値を高めます。さらに、SAP Analytics Cloud(SAC)上でコンプライアンスレポートとして可視化され、人事部門やコンプライアンス部門がリアルタイムで労働安全衛生状況を把握し、必要な対応を迅速に取れる仕組みを構築します。

Google Cloud Platform の PPE モデル: AI が実現する安全管理のインサイト

Google Cloud Platform(GCP)は、製造会社における労働者の安全管理プロセスの自動化に役立つさまざまなツールとサービスを提供しています。今回の Hack2Build イベントでは、Vertex AI Vision 個人用保護具 (PPE) 検出器(Vertex AI Vision Personal Protective Equipment Detector)モデルを使用しました。このモデルは、適切な保護具を着用していない作業員の特定や、PPE着用ルールの遵守状況の監視、作業員へのリアルタイムでのフィードバック提供に活用できます。

この事前学習済みモデルに、製造現場で撮影された画像や動画を入力として提供することで、作業員を特定し、着用している保護具(PPE)を検出します。モデルのパラメータ設定では、検出対象の保護具を「頭部用」「顔用」「手用」などから選択可能です。今回のユースケースでは、すべてのカテゴリを対象としたフルPPE検出を実施しました。

このモデルの出力は BigQuery テーブルに保存されます。モデルは、アノテーションフィールドをJSON形式で出力します。アノテーションには、識別された人物に関する情報、検出結果の信頼度スコア、着用されている保護具(PPE)の種類などの情報が含まれます。その後、このBigQueryテーブルは SAP Datasphere に取り込まれ、さらなるデータモデリングや人事データとの統合(エンリッチメント)に活用されます。

本ユースケースで使用したモデルは限定的であることを認識しています。例えば、このモデルは製造業などの生産部門にのみ適用され、検出できる保護具の種類も「頭部用」「顔用」「手用」の3つに限定されています。このユースケースを拡張し、さらなるシナリオにも対応できるようにするためには、GCPにおける標準モデルとカスタマイズしたモデル・アルゴリズムを組み合わせて活用することを推奨します。

PPE モデルの出力を拡充し、コンプライアンスレポートを作成

Google BigQuery のデータは、複製の必要なく仮想テーブルを介して SAP Datasphere 上で利用できます。接続を設定し、データを仮想的に利用するために必要な手順はわずかでした。これは、データとAIの活用を可能にする SAPとGoogleの最新の連携によって実現しました。

仮想テーブルはビューで利用され、その後、SAP HANA Cloud上のストアドプロシージャでJSON変換処理に使用されます。通常、データは列と行からなるテーブル形式で格納され、各列にはレイアウトやデータ型を定義する厳密なスキーマが存在します。しかし、PPEモデルの出力の一部はJSONドキュメントとして提供されるため、JSON形式のテキストをクエリし、フラットなテーブル形式で表示するための変換処理が必要となります。JSONフィールドをフラットなテーブルに変換するために、私たちは革新的なソリューションを考案しました。今回のPoC(概念実証)では、Open SQLスキーマを活用してJSONの変換を行いました。

SAP DatasphereではDocument Storeが有効化されていないため、JSONフィールドをLarge Object(LOB)として取り込み、JSON_TABLE関数を用いて正規化しています。ここで興味深い点は、すべての処理はSAP HANA CloudまたはSAP Datasphereのみで完結しており、他のツールやPythonでのコーディングは必要ありませんでした。

続いて、PPEの検出データに人事マスターデータを組み合わせて情報を補完しました。今回はSAP S4/HANA 環境にアクセスできなかったため、生成された解析済みテーブルを SAP Marketplace で入手できる 標準 HRコンテンツと組み合わせることにしました。このデータには、現在在籍している従業員の一覧と、各種ディメンションビューおよびテキストビューが付属しています。これらを基に、PPE 解析テーブルと HR マスター データを組み合わせたグラフィカル ビューを作成しました。

最終的に、これらのデータモデルはSAP Analytics Cloud(SAC)で可視化され、直感的なダッシュボードが構築されます。PPEモデルの出力は、従業員の安全対策を分析するためのカスタムビジュアライゼーションとして活用されており、最も着用されている保護具や、その着用状況をKPIで確認できます。 興味深い点として、保護具を着用していても、その40%以上が不適切に装着されていたという分析結果が得られました。たとえば、「ヘルメットが斜めにかぶられている」「マスクの位置が低すぎる」「手袋が片方だけ装着されていない」といったケースです。

今後のステップとしては、リアルタイムで適切な担当者へ通知を送信するアラート機能の実装を予定しています。これにより、現場での即時対応が可能となり、より実効性のある安全対策が実現します。

今回の取り組みを通じて得られた結論としては、SAPGoogle Cloudの連携により、Vertex AIとSAP Datasphereを組み合わせて企業のサステナビリティ プログラムを加速するAIソリューションを構築できることを実証しました。その結果、企業はサステナビリティレポートの作成や、AIを活用したサステナビリティアラートの自動化、そして社会的・人的影響に関する高度な分析に基づくリアルタイムな対応が可能になります。このユースケースは製造業を対象としていますが、小売業や医療業界など他の業種にも容易に応用可能です。

4人のチームとして、ユニークでやりがいのある体験に参加する機会を得ました。私たちは、ソリューションアーキテクト、ソフトウェアエンジニア、データモデラーとともに、労働者の安全を自動化するMVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)の構築に尽力しました。5日間のHack2Buildの中で、私たちは限界まで挑戦しながら、新しいテクノロジーをその場で学び、迅速な意思決定を行いました。互いに学び合えるコミュニティの雰囲気も非常に刺激的で、ポジティブなエネルギーに満ちた時間でした。その成果として、私たちは見事に優勝という嬉しい結果を得ることができました。今後は、最終的なソリューションの構築と市場展開に向けて、さらに前進していきたいと考えています。

キャップジェミニはSAP領域における深い知見で世界をリードしています。

※本記事は、キャップジェミニ・ベルギーが Hack2Build イベントで発表したユースケースを紹介した英語記事(2023年11月公開)を、日本語に翻訳・再構成したものです。

著者

イサリーヌ・デ・ウーターズ

SAP アナリティクスコンサルタント
イサリーヌ・デ・ウーターズ (Ysaline de Wouters)は、キャップジェミニ チームの一員として約5年間にわたり活躍しており、SAPテクノロジーを活用したデータエンジニアリングに強い関心を持ち続けています。現在では、複数のクライアントに対して、BW/4HANAおよびクラウド環境への移行支援を行っています。 常に最新技術にアンテナを張り、最新のモデリング手法やレポートツールを積極的に研究。クライアントに最適なソリューションを提供することに尽力しています。



    1. Hack2Build(ハック・トゥ・ビルド):SAPが主催する短期間集中型のイノベーションイベントです。世界各地で開催され、参加者は、SAPの製品やテクノロジー(例:SAP BTP、SAP Datasphere、SAP Analytics Cloudなど)を活用し、5日間程度で最小限の製品(MVP) を開発することを目的とします。 ↩︎
    2. BDO:正式には「Binder Dijker Otte」の略。世界最大級の会計・コンサルティングネットワークのひとつ。 ↩︎